Electrochemical Impedance Analysis for Li-ion Batteries (& economy a bit) 補足4 耐久性

Electrochemical Impedance Analysis for Li-ion Batteries (& economy a bit)では、情報量の経済という観点から、「総論」・「正極のノンリニアな劣化」・「負極のノンリニアな劣化」の3点で文献をピックアップした。
交流小信号応答のインピーダンス解析はやっていないが、後の二つが、コンポジット電極の実構造から分布定数回路モデル(有限要素法だが考え方は同じ)を立てて直流応答のV-tシミュレーションをやっている。

 

(a) Review—Post-Mortem Analysis of Aged Lithium-Ion Batteries: Disassembly Methodology and Physico-Chemical Analysis Techniquesは2016年のレビュー。劣化メカニズムを網羅、電池の分解方法と分析方法を網羅、解説。
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このレビューに劣化要因として挙がっていないものを補足する。
一つ目は正極内部での電解液分解生成物による空孔閉塞である。
  1. かつての日本の電池でも正極において電解液分解生成物による空孔閉塞があった。正極の電位は電解液にとって安定なウインドウの範囲ではあるが、分解する [M. G. S. R. Thomas, P. G. Bruce, J. B. Goodenough, J. Electrochem. Soc., 132 (1985) 1521-1528.]。負極のように強固な被膜をつくらないので電解液が分解した分解生成物が塊をつくって電極内空孔が閉塞して抵抗が上がったり、更にサイクルを進めると電極が崩れることが有った。むしろ負極以上に問題が有ったと言ってよい。
  2. 2013年に14年ぶりに電池の学会報告や企業の技報を読んだところサイクル後の正極断面がずいぶんきれいになっていた。最近では2019年にDahnのグループから論文が出ているが、フル充放電の5300サイクル後でも正極断面構造はほとんど乱れていない。この論文では①20℃の厳密な温度制御をやっていることが大きいが、論文で主張されているように、②数μmの大粒径一次粒子、③Tiコーティングと言っているがおそらくsol-gelのナノTiO2粒子によるコーティング、④環状スルホン酸エステル系のCEIフォーミング剤の効果も多少有るのかもしれない。
ここで、二つ目、活物質粒子内部での結晶構造相転移に関して捕捉する。粒子内部が先に劣化する場合も有る。
  1. 後述する神戸製鋼の技報でもノンリニアな劣化はLiCoO2粒子の表層部の相転移のためとしているが、粒子内部から先に劣化する場合も有り得る。1998年に勤務していた会社ではLiCoO2の大粒径一次粒子と小粒径一次粒子を二次粒子化したものを比較評価していたことは既に述べたが、当時からLiCoO2では粒子の内部が先に劣化する場合が有ることも報告されている。劣化モードの違いにCレート依存性は有るかもしれない。1998年当時はまだモバイル市場しかなく、低レートの評価が主だった。
  2. さて、低レートで充電すると粒子内部まで均一にリチウムイオンが引き抜かれる。放電時には負極SEI形成に消費されたリチウムイオンが戻ってこない。粒子表層部を放電するに足る量のリチウムイオンは正極に戻ってくるが、粒子内部を放電するにはリチウムイオンが足りない。その結果、粒子内部が徐々に過充電状態に陥ると考えられる。この場合、粒子内部の劣化が先に起こる。BEV用の電池の正極劣化はそのようにして起こるだろう。入出力が速く、容量利用率が低い場合には粒子表面からの劣化が先に進むかもしれない。HEV用の電池の正極劣化はそのようにして起こるだろう。
  3. さて、言い方を変えれば、大粒径であれ小粒径であれ、充電によりSEI/CEI形成が起こる。これは放電が100%の効率では行われないことを意味する。99.99%が99.9%に落ちるだけであったとしても1000回、10000回といったサイクルでは無視できないロスになる。結局は、負極SEIの過度な成長を抑えない限り正極の劣化も防げないということになる。リニアな劣化が負極SEIの過度な成長によるとするのは後述の二つの報告でも共通するが、負極だけの劣化で終わる話ではない。
(b) Liイオン二次電池における充放電Li輸送と劣化現象のモデル解析は2014年の神戸製鋼の技術報告書。リニアな劣化が黒鉛負極のSEI被膜成長、ノンリニアな劣化が正極活物質表面の相転移。断面写真から三次元モデルを構築し、実験結果をシミュレーションで裏付けている。
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電極構造は活物質を球体近似して3次元配置した球体近似モデルと活物質のFIB-SEM3次元像を用いた実凝集構造モデルを使い、前者をV-tカーブのシミュレーションに、後者を応力解析に使っている。シミュレートしたV-t曲線はNewmanモデルをベースにしたもので、
  1. 活物質内のリチウムイオン拡散に濃度拡散、電子伝導は十分に高いとして考慮せず、
  2. 固体/液体界面にButler-Volmer式、
  3. 電解液中における電位分布にNernst-Planck式、
  4. SEI成長にTafel式を使っている。
  5. 熱解析も行っているが、これもNewmanモデルを補正して、過電圧(常に発熱になる)から発熱量を計算している。
(c) Modeling of lithium plating induced aging of lithium-ion batteries: Transition from linear to nonlinear agingは2017年の論文。リニアな劣化が黒鉛負極のSEI成長、ノンリニアな劣化が黒鉛負極内の空孔の詰まりによる黒鉛負極層表面のデンドライト析出。これも実験結果をシミュレーションで裏付けている。

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日本でも2010年に隣接する黒鉛粒子上のSEI層が干渉して黒鉛電極のSEI成長が止まることが報告されている。この論文では保存試験において高温であるほどSEIが急激に成長してその後t^1/2則から外れてSEI成長が止まるとしている(H. Yoshida et al., Electrochemistry 78 (2010) 482)。GS Yuasaからの報告である。リチウムデンドライト析出の原因になることまでは記載されていない。
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また、GS Yuasaの2013年12月の技報にはSEIは電極上部(電解液側)ほど早く成長するとある。グラファイト電極表面でのリチウムデンドライト析出は、この技報には書かれていないが、この当時はベンチャー企業でも口にしていたくらいだから、十分に認識されてはいただろう。
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SEIとCEIだが、このポストはインピーダンス解析に関するポストだから、インピーダンス解析しやすいSEI・CEI膜の話で締めくくろう。
日産アークが「充電すると無機成分の一部が蓄積してSEIが厚くなる...放電すると有機成分の一部が溶解してSEIが薄くなる」と書いているが、無機・有機コンポジット構造がSEI/CEIの特徴である。
まず、土台となっている活物質粒子の粒子設計の観点から考えてみよう。
  1. 代表的な負極活物質である負極黒鉛は積層方向に伸縮し面方向にはあまり変化しない。2015年に中国で「球形化処理した黒鉛がサイクル後に鱗片状に戻っていた」と報告が有ったが、被膜が弱いために異方的な体積変化に耐えきれていなかったのが原因の一つかと推測される。また、黒鉛粒子のSEI膜の成長の仕方は本質的に不均一である。Basal面ではリチウムイオンの挿入脱離がないため成長する膜は有機還元重合膜が主になるが、Edgeではリチウムイオンの挿入脱離が有るため無機塩が増える。このような体積変化の不均一性とSEI膜の不均一性故にひとたび形が崩れると劣化が進みやすいと推測される。
  2. 一方、正極活物質だが、負極の黒鉛が充放電で10%程度の体積変化をするのに対し、正極活物質として主流の層状化合物は2%弱しか体積変化しないからこれまで正極に関しては比較的簡単な対策で済ませてきている。2019年のDahn等の報告が最終的なソリューションとも思わないが、浸漬水冷の効果が大きいとは言うものの、かなりいい結果が出ている。しかし、時間がかかりすぎた感も有る。車載用途が出てくるまでは開発の方向が高エネルギー密度化に偏っていたことも理由の一つでは有ろうが。
次に有機重合膜の流出について考えてみよう。
  1. 重合膜といっても分子量は小さく、オリゴマーが無機化合物で疑似架橋されている程度のものも多い。したがって流出しやすい。負極でビニレンカーボネートが比較的重合度が高い被膜をつくり大きな効果を上げたが、正極ではやや不十分である。
薄膜全固体で速いイオン伝導が報告されている逆位相転移はartificial SEI/CEIとして有効かもしれない。
  1. どのような転移であるか不明だが、BaF2-CaF2はartificial SEIとしておもしろいものの一つだろう。
  2. Li2TiO3(おそらくはLi2-2xTiO3-x)でも速いリチウムイオン伝導が報告されている。三次元構造という点ではLi4Ti5O12のほうがパーフェクトだが、「基本的には層状」のLi2TiO3には逆位相転移のような「リチウムイオンの高速道路」があるのかもしれない。Artificial SEI/CEIでやっても良いかと思う。
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