Electrochemical Impedance Analysis for Li-ion Batteries (& economy a bit) 補足 「核となる確認された事実」

数学屋の「公理→命題の証明(定理化)」、物理屋の「原理→法則の証明/新しい原理の発見」の代わりになるような思考プロセスがあると電池のような応用化学の分野でもやみくもな試行錯誤で無駄に時間を費やすことは防げるだろう。

 

そのためには少なくとも数学屋の公理や物理屋の原理に代わる出発点が必要だが、これを「核となる確認された事実」とすればよいように思われる。「核となる確認された事実」は「それによって何が目指せるか」が朧気ながら見えてくるものであればよいと考えた。

 

そこで、仁科のレポート『FB テクニカルニュース No.64 号(2008. 11) 高速充放電リチウムイオン二次電池の開発』も参考にして以下を選択した。3と4とがまだ仮説の形をとっているが、ほぼ事実としてよいであろう状況証拠は有る。これらをインピーダンス解析という切り口からまとめた。3だけはインピーダンス解析ではわからない。
  1. インターカレーションマテリアルの固体内リチウムイオン拡散は、交流小信号解析であるインピーダンス等から見積もられる拡散係数から予想されるよりはずっと速い。
  2. コンポジット電極では電解液からのイオン供給が出力特性を律速する。
  3.  Offshoreの電解液中も、交流小信号応答であるインピーダンス解析ではわからないが、泳動支配と考えられている。
  4. 現行の電解液系のリチウムイオン電池電荷移動抵抗は溶媒和・脱溶媒和抵抗。
  5. 2001年の獨古の論文(LiCoO2一粒子インピーダンス解析)は1と2を理解するうえで良い例となり得ると考え、取り上げた。
「核となる確認された事実」は日本ではほぼ20世紀中に確認されていた事実がベースになっている(4の溶媒和・脱溶媒和だけは21世紀になってから報告された)。
  1. 「肝になりそうな確認された事実」としては素性の良いインターカレーション・ケミストリーに絞った。昨今は合金負極材料など非インターカレーション・マテリアルへの期待が高容量故に高まっているが(ガートナーのハイプ・サイクルを見ると2018年には嫌気がさされたようだが)、体積膨張をaccomodateするために空孔を増やして体積エネルギー密度を効果的に下げることに成功するなど、何がやりたいのかわからんものが多かった。
次世代電池の一つとして話題になっている全固体電池は、素性の良いインターカレーション・ケミストリーを使いつつなお高エネルギー密度化も将来的には可能という点で、次世代電池の中では今のところ最も素性が良い。ここでの発展を期待して全固体電池につなげる構成とした。
  1. 現在の全固体電池は濃厚リチウムイオン系(硫化物固体電解質)が主流だが、20世紀末には希薄リチウムイオン系での試みもマイナーながらあったという話題も少し取り上げた。
  2. 希薄リチウムイオン系全固体は現行の電解液における根本的な問題と同質の問題を取り扱っている。
「核となる確認された事実」を念頭に置いて「設計・実験・解析」し設計の正しいことを確認したり、予想と異なる結果が出た場合は「仮説(を確認する設計)・検証(するための実験と解析)」のプロセスを通して、検証されればまた新しい「核になりそうな確認された事実」が一つその分野に加わることになる。

 

そのほかにも、製品に使用される原料などビジネスの「上流の常識」や、製品が使用される市場といった「下流の常識」を知っておかないと、無駄が多くなる。
  1. 「ビジネスの上流」としては金属資源問題を、「ビジネスの下流」としては前述のように自動車市場、特にHEVを重点的に取り上げた。
  2. HEVを古典と見るムキはあろう。そのHEV用の電池でもニッケル水素は更に古典と見られるだろう。BEV用の電池の耐久性は既に問題無い(コストをかけて浸漬水冷すれば、だが)という報告も増えてきたので、厳密な温度管理をすればニッケル水素なら450-600年持つけどね(あくまで計算上だが)ってデータも載せておいた。あくまでショック療法だが。
*1: インターカレーションマテリアルの固体内リチウムイオン拡散は、交流小信号解析であるインピーダンス等から見積もられる拡散係数から予想されるよりはずっと速い。

脇・獨古等の一粒子測定の報告から10年後に出た仁科のレポート「FB テクニカルニュース No.64 号(2008. 11) 高速充放電リチウムイオン二次電池の開発」にも一粒子測定について述べられている。このレポートに参照された論文リストを以下に示す:

 

  1. 1998年の脇の和文論文:LiCoO2及びLiNiO2電池活物質の単一粒子ボルタンメトリー.粒子分裂のその場観察/Microvoltammetric Studies on Single Particle Voltammetry of LiNiO2 and LiCoO2. In situ Observation of Particle Splitting during Li-ion Extraction/Insertion。3mV/sで3-4.2Vスキャンしており9C相当。1998年当時に勤務していた会社ではまだ小粒径一次粒子を二次粒子化したLiCoO2と大粒径一次粒子のLiCoO2の比較などもやっていたが、この論文も話題になり、固体内拡散は十分に速いのでモバイル向け電池の正極用LiCoO2は大粒径一次粒子で可となった。
  2. 1998年の獨古の英文論文:High Resolution Cyclic Voltammograms of LiMn2-xNixO4 with a Microelectrode Technique。高分解能は1mV/sで3.6-5.2Vをスキャンしており2.25C相当。サイクル特性はもう少し速く7.7C相当。
  3. 1999年の脇の論文:High-Speed voltammetry of Mn-doped LiCoO2 using a microelectrode technique。10mV/sで3.0-4.3Vスキャンに130秒しかかからない。27.6C相当。

 

二科等による薄膜の論文リストを以下に示す:

 

  1. 1998年の立花の論文:Effect of Hetero-contacts at Active Material Conductive Additives on Lithium Intercalation/Deintercalation of LiCoO2。交流小信号応答であるインピーダンス解析等から見積もられる固体内拡散係数からは1Cの応答も難しいと予想されるのに実際はそれ以上の高速応答を示す。そこに疑問を呈している。
  2. 2003年の立花の論文:Architectures of Positive Electrodes for Rapid Charging/Discharging Performances of Lithium Ion Secondary Batteries。ここでLiMn2O4粒子を金箔に押し付けた電極が720Cで応答すると報告された。
  3. この論文の影響は大きかったらしく、自分は既に電池からは手を引いて電子物性研究のために薄膜をやっていたが、LiMn2O4薄膜を使った電池の基礎研究などの話もちらほら聞くようになった。
インターカレーションマテリアルの固体内拡散は速いとは言っても電解質律速されてしまうのでしばらくこのような研究も下火になっていたが、このPostを書いて1年以上たった後、2019年になって一粒子測定の論文が久々に出ているので追加する:
  1. Tojoの2019年の論文:Electrochemical performance of single Li4Ti5O12 particle for lithium ion battery anode。1000Cで容量利用率80%。
  2. これよりいくらか遅れて2019年の終わりになって、同様にLi4Ti5O12の一粒子測定が初めて日本以外から(日本人が指導しているが)報告された。カザフスタンでも話をしたキムさんのところでユミロフ君がやっている。
*2: コンポジット電極では電解液からのイオン供給が出力特性を律速する。

~ 解説1:電解液からのイオン供給が出力特性を律速する理由 ~

コンポジット電極は
  1. 活物質-活物質、活物質ー導電剤、導電剤-導電剤の粒子同士を接触させて電子伝導パスをつくるのを目的としてつくる。
  2. これら粒子同士は密着しないのでバインダにその役目を担わせる。
  3. さらに、リチウムイオン・リザーバーとして活物質のinshoreに電解液を蓄え、不足したらoffshore(電極層の外側の電解液)からリチウムイオンを補充できる開いた空孔をつくっておく必要が有る。
3を補足する。
  1. 電解液をリザーブしておくために用意される空孔の体積比率(空孔率)はおおむね30-40%。理論密度が5 g/cm^3前後の正極活物質からつくられる電極層の密度が3.5 g/cm^3(空孔率30%)というのがモバイル用電池やBEV用電池の標準的密度。正極活物質の重量比が94%とすると50%充電(136mAh/g相当)した正極活物質に再度リチウムイオンを挿入するのに必要なリチウムイオンの量はLiCoO2で約16.8 mmol/cm^3。これに対し空孔中にリザーブされている1 mol/Lの電解液が有するリチウムイオンの量はたったの0.3-0.4 mmol/cm^3。必要量の1.8-2.4%しかない。足りない分はオフショアにあるセパレータの中にある電解液から持ってこなくてはならない。セパレータがセルガードの場合、空孔率が40%であるからこの中にリザーブされているリチウムイオンの量は0.4 mmol/cm^3。電極の厚さを100μm、セパレータの厚さを25μmとすると、必要なリチウムイオン量の0.6%しかない。ロッキングチェア型であるからこれでも動作する。
  2. しかし、活物質のinshoreにあるリチウムイオンの量は圧倒的に少ないから、特に高入出力下で活物質粒子内の固体内拡散に追いつくだけのリチウムイオンがコンポジット電極空孔中の電解液から供給されない現象が起こる(濃度分極)。
  3. 2016年にLiFePO4コンポジット電極で空孔率が高いほど反応が均一に進行することが確かめられている:電池内部の反応不均一性を可視化
~ 解説2:分布定数型等価回路モデルによるインピーダンス解析 ~

コンポジット電極内の濃度分極をインピーダンスから解析するためにはその物理的構造から分布定数回路モデルを使うほかない。

交流小信号特性のインピーダンスでなく、直接に興味のある直流応答のV-tシミュレーションだが、後述の2014年の神戸製鋼の技報:Liイオン二次電池における充放電Li輸送と劣化現象のモデル解析ではスライスした断面写真の集合から構築した三次元モデルを使っている(有限要素法だが考え方は分布定数等価回路モデルと同じ)。

論文に書くようなWarburgインピーダンス解析であれば、三次元モデルまではやる必要も無い。次のようにすれば十分だろう:
  1. コンポジット電極中の空孔を埋める電解液の抵抗: Rs,i (i = 1- n)を要素の数nだけ直列にする。これは集電体と短絡させない。要素数n =(膜厚/活物質粒子径)。
  2. Rs,iの各要素と直列、かつ互いに並列となるように溶媒和/脱溶媒和抵抗: Rsol/desol,iとSEI/CEI被膜容量: Csei/cei,iの並列回路要素をつなぎ、
  3. さらにこれに直列に活物質内イオン拡散抵抗: Rion,iと活物質内電子伝導抵抗: Rele,iの並列回路をつないだ要素を考える。Rele,iは十分小さいとして省略してもかまわない。
  4. 電子伝導パスは集電体ー導電剤ー活物質とつながっているが、十分に小さくできていれば省略して短絡とする。
  5. ここまででひとまず完了としてもかまわないが、精度を上げる・各回路定数を正確に見積もる目的が有る場合、バインダ層抵抗(導電剤と電解液を含んでいる): Rbin,iとバインダ層容量: Cbin,iの並列回路要素を入れる必要がある。この並列回路要素の内側にSEI/CEI被膜ができるので、物理的にはバインダ層の被覆率を考慮しつつSEI/CEI被膜の回路要素と直列にすべきだが、被覆率の把握がかなり困難。
Randlesモデルを使ったフィッティングでWarburgインピーダンスを考察しようとする場合、常に悩まされるのは、①半無限拡散モデルとするか、②濃度差ゼロの有限拡散モデルとするか、③流束ゼロの有限拡散モデルとするか、であった。
  1. ①の半無限拡散モデルでは完全に静置した状態で拡散層(=伝送線路)は半無限に長いと仮定する。これがコンポジット電極の場合、解析したい対象の物理的構造と合わない。解析したい対象が活物質結晶表面の個々のリチウムイオン脱離・挿入サイトであるなら構わない。したがってこのモデルが物理的に間違っているというわけではない。結果としては、低周波応答が45°に傾いた直線になる。つまり、そう考えておけばよいという類のもので、解析に役立つというわけではない。
  2. ②の濃度差ゼロの有限拡散モデルは、リチウムイオン電池でもよく使われる。Nernst拡散層の外側で拡散係数が極めて大きいか、あるいは、対流でかきまわされているとこの形になる。低周波領域の高周波寄りは分布定数回路型の伝送線路になり45°に傾いた直線になる。これより更に低周波領域では実軸に近づきセミサークルのような形になる。薄膜や単結晶などフラットな電極の表面での電気化学反応を解析する場合によく用いられる。
  3. ③の流束ゼロの有限拡散モデルは、分極性電極でよく使われる。分極性電極は吸着によってinshore/offshoreの電解液中のイオンは枯渇し、分極性電極表面に集まっている。有限厚みの拡散層の外側では拡散係数は極めて小さい場合にこの形になる。直流極限ではキャパシタンスしかないので垂直に立つがそれより高い周波数領域で分布定数回路型の伝送線路になり45°に傾いた直線になる。
Randles回路モデルを使ったフィッティングにはこのような煩わしさが有ったが、分布定数回路モデル(有限要素法でもよい)でメカニカルに扱えるようになる。かつ、物理的根拠が有る。

ところで、全固体でも物理モデルに電解液系と大きな違いは無い。被膜抵抗に相当するのが粒界抵抗になる。

吉野彰氏によると
  1. リチウムイオン伝導度 = リチウムイオン密度 × 移動度比 × イオン輸率
  2. 電解液の場合 = 1mol/L × 1 × 0.35 = 0.35
  3. 硫化物固体電解質の場合 = 30mol/L × 2.5/30 × 1 = 2.5
となり、硫化物固体電解質のほうが7倍以上のリチウムイオン伝導度となる。という理由で、原理検証サンプルでは硫化物全固体のほうが電解液系の10倍とより高い入出力特性が得られている。

もっとも、1999年に勤務していた会社では、大阪市立大の考案したものだが、もう少し野心的な全固体のコンセプトもあった。

後述するように仁科の報告書に、オフショアの電解液中では電解液濃度が薄いから拡散支配にはなっておらず泳動支配となるとあるが、これを電極内に適用しようとするもので、電気二重層による強力な「泳動効果」を発現させようとするものである。吉野彰氏式にならって表現すると以下のようになろう:
  • リチウムイオン伝導度 = リチウムイオン密度 × 移動度比 × イオン輸率
  • 電解液の場合 = 1mol/L × 1 × 0.35 = 0.35
  • ある種の固体電解質の場合 = 30 mol/L × 2.5 × 1 = 75
なんでも、大阪市立大の学生がうっかりして電解質を溶かすのを忘れて電解液の溶媒だけ注液して実験したのに、サイクリックボルタングラムにfaradaicな応答が見えてしまったのが発端だそうだ。

Faradaic応答は小さい。原因はイオン枯れなのはわかりきっている。そもそも故意に枯らしているのだから。電気二重層の電位は充電時には駆動力だが放電時に電位障壁となる。これを充電だけでなく放電でも駆動力にする方策が無く、これが原理的限界となった。実際は、話を聞いて、10分で見切った。

1990年代は硫化物固体電解質を使ってもリチウムイオン伝導度は電解液のそれに及ばず、このようなアプローチでもしなければブレークスルーは無いと思われていた。

電解液の話に戻るが、濃度分極が起こるのは活物質のinshoreで電位勾配の無い拡散支配の層ができているからである。拡散層には電位勾配が無いので過電圧は生じないが、電気二重層での電荷移動に濃度過電圧が生じる。

< 閉回路状態 >
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*3: Offshoreの電解液中も、交流小信号応答であるインピーダンス解析ではわからないが、泳動支配と考えられている。

前述した二科の報告書に、1M程度の電解液濃度では短距離で電位勾配をつくってその先は長い拡散領域とはならない、したがって泳動支配になるという趣旨のことが書いてある。

この事例を挙げたほうが話が早かろう:
  1. キャパシター並み入出力密度のリチウムイオン電池トヨタ紡織がモジュール化:「このリチウムイオン電池セルは、同社の繊維技術を基に開発したセパレータの採用により、キャパシター並みの入出力密度とともに、従来のハイブリッド車向けリチウムイオン電池と同程度のエネルギー密度を実現していることが特徴。」
  • キャパシタ並みと言うのは~1000Cレベル。セパレータを変えただけでキャパシタ並みの入出力をfaradaicな反応で出せるようになる。セパレータの多孔度を2倍に挙げたところで幾何学的な効果はせいぜい2倍である。実際には入出力特性に2倍どころではない効果が有る。本来は活物質粒子の固体内拡散は速いのだが電解液からのイオン供給が遅れるために出ていなかった1000Cでのfaradaic応答が可能になっている。ただ、「従来のハイブリッド車向けリチウムイオン電池と同程度のエネルギー密度」というところは案外重要である。
*4: 現行の電解液系のリチウムイオン電池電荷移動抵抗は溶媒和・脱溶媒和抵抗:リチウムイオン電池における界面電荷移動反応
  1. 負極は高配向性熱分解黒鉛(HOPG)を作用極とし、電荷移動抵抗の電解液濃度依存性から溶媒和・脱溶媒和が律速であると結論された。
  2. 正極はLiCoO2またはLiMn2O4をPLD製膜し、やはり電荷移動抵抗の電解液濃度依存性から溶媒和・脱溶媒和が律速であると結論された。
*5: 2001年の獨古の論文:Kinetic Characterization of Single Particles of LiCoO2 by AC Impedance and Potential Step Methods

  1. LiCoO2一粒子インピーダンス解析。
  2. 低周波成分が固体内拡散(一粒子測定では活物質の周りに十分な量の電解液が有り、したがって十分な量のリチウムイオンが有るので、このような場合には電解液からのリチウムイオン供給が律速になることは無い。実際、一粒子測定では低周波成分は45°に傾いてはいない。45°に傾くのは分布定数回路モデルを適用する必要が有るときだけなのである。世界的に電池が流行しているが、このような基礎すら理解されていない場合が多い。)。
  3. コンポジット電極の場合は低周波成分の等価回路は分布定数回路になり45°に寝る。これが通常Warburgインピーダンスと呼ばれている。
  4. 一粒子測定だと高周波領域に電荷移動(後に小久見により溶媒和・脱溶媒和と判明)由来のセミサークルが一つ出る。放置時間を長くすると抵抗が高くなり容量が小さくなることから電解液分解被膜(CEI膜)の容量としている。
  5. コンポジット電極だとセミサークルが二つ出るが、二つ目がバインダ層の容量としている。
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